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那覇地方裁判所 平成5年(ワ)301号 判決

原告

沖縄国際ボウリング株式会社

右代表者代表取締役

國場幸仁

右訴訟代理人弁護士

宮良長辰

与世田兼稔

宮國英男

被告

大和ファイナンス株式会社

右代表者代表取締役

栗本武彦

右訴訟代理人弁護士

比嘉正幸

主文

一  被告は、別紙物件目録記載の各不動産について那覇地方法務局昭和六三年一一月二一日受付第三二六七八号の抵当権設定登記及び同法務局平成元年五月一日受付第一二二一〇号の抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文のとおり

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、ボウリング場の経営その他観光事業を営む会社である。

(二)  被告は、旧商号を大和抵当証券株式会社とし、平成元年七月に大和クレジットサービスと合併して現商号となった会社であり、一般不動産担保金融、抵当証券ローンその他信用事業を営む会社である。

2  原告は、別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)の所有者である。

3  本件土地建物には左記(一)及び(二)の各抵当権設定登記がある。

(一) 那覇地方法務局昭和六三年一一月二一日受付第三二六七八号

原因 昭和六三年一一月二一日金銭消費貸借

債権額 金二〇億円

利息 年5.9パーセント(年三六五日の日割計算)

損害金 年一五パーセント(年三六五日の日割計算)

(二) 那覇地方法務局平成元年五月一日受付第一二二一〇号

原因 平成元年五月一日金銭消費貸借

債権額 金九億円

利息 年6.1パーセント

損害金 年一五パーセント(年三六五日の日割計算)

4  よって、原告は、被告に対し、土地建物所有権に基づき、別紙物件目録記載の各不動産について那覇地方法務局昭和六三年一一月二一日受付第三二六七八号の抵当権設定登記及び同法務局平成元年五月一日受付第一二二一〇号の抵当権設定登記の各抹消登記手続をすることを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の各事実は認める。

三  抗弁

1  被告は、昭和六三年一一月二一日、原告に対し、金二〇億円を、弁済期昭和六八年一一月二一日、利率年5.9パーセント、利息毎年二月、五月、八月及び一一月の年四回、各二一日に三か月分前払い、遅延損害金年一五パーセントの約定で貸し渡し、原告は、右同日、右債務を担保するため、被告との間で、本件土地建物につき抵当権設定契約を締結し、これに基づき、那覇地方法務局昭和六三年一一月二一日受付第三二六七八号抵当権設定登記を了した。

また、被告は、平成元年五月一日、原告に対し、金九億円を、弁済期平成六年五月一日、利率年6.1パーセント、利息毎年二月、五月、八月及び一一月の年四回、各二一日に三か月分前払い、遅延損害金年一五パーセントの約定で貸し渡し、原告は、右同日、右債務を担保するため、被告との間で、本件土地建物につき抵当権設定契約を締結し、これに基づき、那覇地方法務局平成元年五月一日受付第一二二一〇号抵当権設定登記を了した。

2  原告被告間の右金銭消費貸借契約及び抵当権設定契約は、いずれも、被告の当時の取締役営業部長山田耕二(以下「山田」ともいう。)及び融資課長谷村誠太郎(以下「谷村」ともいう。)と原告の当時の代表取締役國場幸昇との間で行われたものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1及び2の各事実は認める。

五  再抗弁

1  抵当権設定契約の無効(主位的再抗弁)

(一) 原告の取締役会決議の不存在及び被告の悪意又は有過失

(1) 本件土地建物は、原告の営業基盤であり、その保有の継続なしには原告の営業は不可能といっても過言ではない重要な資産である。

したがって、これを第三者に担保として供する行為は、商法二六〇条二項一号の「重要ナル財産ノ処分」に該当するから、取締役会の決議を要する。

しかるに、本件土地建物に対して抵当権を設定するにあたっては、いずれも、取締役会の決議を得ていない。

(2) 株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないでした対外的な取引行為の効力については、最高裁判所は、「右取引行為は、内部的意思決定を欠くに止まるから、原則として有効であって、ただ、相手方が右決議を経ていないことを知り、又は知り得べかりしときに限って無効であると解するのが相当である。」(最高裁昭和四〇年九月二二日判決)とする。

本件の場合、被告は、平成四年度の営業収入が金三二七億円のいわゆる大手ノンバンクであるから、貸付けに際し、貸付先の企業から担保を取得するについては、商法二六〇条二項一号により当該企業の取締役会の承認決議が必要であることは、十分知悉しているはずである。

しかるに、被告は、第二三期(昭和六二年七月一日から昭和六三年六月三〇日)の売上高が金二億二六七六万二七八四円、経常利益が金二九四万六三三四円にすぎない原告に対し、売上高の約一二倍にあたる莫大な金額を貸し付けるに際して、原告から最も重要な資産の担保提供を受けるにつき、原告において有効な取締役会決議をしたか否かを確認せず、また、それを証する書面の提出すら求めていない。

したがって、被告は、本件抵当権設定につき、原告の取締役会の決議が存しないことを知っていたか、もしくは、それを知らないことにつき過失があるというべきである。

(二) 原告の代表取締役の権限濫用及び被告の悪意又は重過失

(1) 國場幸昇は、自己が代表取締役の地位にある琉球開発企画株式会社(以下「琉球企画」という。)名義では被告から融資を受けることができないため、被告の融資担当者らと協議の上、原告が借入主体となりそれと同時に琉球企画に全額融資することとし、昭和六三年一一月二一日、金二〇億円の消費貸借契約を締結し、かつ、本件土地建物を被告に担保に供する内容の本件抵当権設定契約を締結した。また、國場幸昇は、被告の追加融資の申出に応じて、平成元年五月一日、金九億円の借入れを行い、その担保として、本件土地建物を担保に供する内容の抵当権設定契約を締結した。

このように、本件抵当権の設定は、國場幸昇が琉球企画の事業目的に使用する資金を得るために、その権限を濫用してされたものである。

(2) 最高裁判所は、株式会社の代表取締役が自己の利益のためその権限を濫用して法律行為をした場合について、「相手方が右代表者の真意を知り又は知り得べきものであったときは、民法九三条但書の規定を類推し、右の法律行為はその効力を生じないものと解するのが相当である。」とする(最高裁昭和三八年九月五日判決)。

(3) 本件の場合、被告の融資担当者は、國場幸昇の本件借入目的が琉球企画のゴルフ場開発資金であり、原告名義で借り入れるものの直ちにそれを琉球企画に転貸する意図であることを十分知悉していたから、被告は、國場幸昇の権限濫用の意図を十分に知っていたか、あるいは知り得べき状況にあったというべきである。

2  被担保債権の不存在(予備的再抗弁)

(一) 原告の取締役会決議の不存在及び被告の悪意又は有過失

(1) 株式会社が多額の借財をする場合には、取締役会の決議が必要であるところ(商法二六〇条二項二号)、金二九億円の借財は原告にとって多額の借財にあたるから、その借入れにあたっては、原告の取締役会の決議が必要であるが、本件借入れについては、原告の取締役会の決議が存在しない。

なお、被告は、原告が、昭和六二年七月一〇日に開催された取締役会において、琉球企画に対する貸付けのため、株式会社沖縄海邦銀行(旧商号「沖縄相互銀行」、以下「沖縄海邦銀行」ともいう。)松尾支店から金一五億円を借り入れるにつき、取締役全員が承諾しているのであるから(甲第三六号証の三四)、本件借入れにつき取締役会における承認があったといえるとする。しかしながら、商法二六〇条は、個別具体的に生起する重要問題について、取締役会の業務執行に関する決議を求めているものであって、一旦決議したとしても、その効力が消滅した決議録の存在をもって、本件借入れの承認決議とすることなど、理論上全く不可能である。

(2) 取締役の承認決議を経ないまま会社が多額の借財をした場合には、取引の相手方がその決議の不存在を知り又は知り得べかりし場合には、当該消費貸借契約は無効というべきである。

(3) 本件の場合、被告の当時の営業部長である山田は、我が国の四大証券会社の一つである大和証券の直系の子会社である被告の役員らであり、本件借入れが商法二六〇条二項二号によって取締役会の承認決議が必要であることを十分に認識していたのに、それに際し、その使途、目的、返済可能性等について何ら説明を受けておらず、また、原告の泉彰(以下「泉」ともいう。)に対して右事実についての問い合わせをしていないから、被告は、原告の取締役会の決議を経ていないことを知っていたか、または、知り得べきであった。

(4) したがって、本件借入れは無効である。

(二) 原告の代表取締役の権限濫用及び被告の悪意又は重過失

(1) 本件借入れは、当時の原告の代表取締役であった國場幸昇が、自己が設立し実質上のオーナーであった琉球企画のゴルフ場開発関連事業に使用する資金調達を目的としてその権限を濫用して原告名下にしたものである。

(2) 株式会社の代表取締役がその権限を濫用して法律行為をした場合、その代表者の真意を取引の相手方が知り又は知り得べきであった場合は、民法九三条但書の規定を類推し、当該法律行為はその効力を生じない。

(3) 本件においては、①本件貸付金が原告の事業収益によっては到底返済不可能な金額であることは、原告の財務資料を徴求すれば一目瞭然であるにもかかわらず、被告は、右貸付けをなすに当たって、原告の常務取締役らから一切の事情聴取をしていないこと、②被告の融資担当者が、原告と、融資の目的、その返済方法等について協議した事実はないこと、③本件各貸付当時、原告には不動産投資あるいはゴルフ場開発計画等の事業計画は一切存在しておらず、被告もそれを十分に知悉していたこと、④被告は、原告の常務取締役らに対し、本件各借入れ及び担保提供について、原告の取締役会の決議が存するか否かについて問い合わせ及び確認はもとより、その書類の交付も求めていないこと、⑤本件各貸付けを証する書面は、莫大な額の貸付けにもかかわらず、収入印紙すら貼付されていない簡略なものであること、⑥本件貸付金の資金使途は不動産投資とされているにもかかわらず、被告は、対象物件の有無についてすら確認しておらず、それにつき一切の担保も徴求していないこと、以上のような事情からすれば、被告も、本件借入れが原告の事業目的とは全く関係のない琉球企画のゴルフ場開発関連資金であることを容易に知り得たはずであり、被告は、國場幸昇の真意を十分に知っていたか、あるいは、知り得べきであった。

(4) したがって、本件金銭消費貸借契約は効力を生じない。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1(一)(1)の事実のうち、本件土地建物を第三者に担保として供する行為が商法二六〇条二項一号の「重要ナル財産ノ処分及ビ譲渡」に該当することは認め、その余の事実(右担保提供につき原告の取締役会の承認決議を得ていないこと)は知らない。

2(一)  再抗弁1(一)(2)の事実のうち、記載の判決がされたこと、被告がいわゆるノンバンクであること、会社が第三者に対して担保を提供するについては取締役会の承認決議が必要であると法定されていることを被告が知っていたこと、被告が原告に対し取締役会決議をしたか否かの確認をしなかったこと、決議を証する書面の提出を求めなかったことは認め、被告が、本件抵当権設定につき、原告の取締役会の決議が存しないことを知っていたか、もしくは、それを知らないことにつき重大な過失があった旨の主張は否認ないし争う。

(二)  被告は、本件貸付け及び担保の提供を受けるにつき、原告に対し、取締役会決議書の添付を融資条件とすべき法律上の義務はなく、また、これを遵守すべき商取引上の慣行もない。

そして、原告は県内建設業界最大手の株式会社國場組の関連会社であり、原告の代表者である國場幸昇は右國場組の代表取締役でもあり、当時、那覇商工会議所の会頭をしていたことから、被告の担当者である山田及び谷村(以下、山田及び谷村を「山田ら」ともいう。)は、國場幸昇は本件各契約を締結するにつき、するべきもの(取締役会の決議)は当然しているものと思っていたこと、被告においては、貸付けを行うにあたり、従前から債務者会社から取締役会議事録を徴求していないこと、本件各契約は、國場組の社長室で行われ、その際、原告の総務部長であった泉も立ち会っていること、当時、國場幸昇は、原告においていわゆるワンマン的な存在で、同人が決めたことについて、これに反対できる取締役はほとんどいなかったので、事後に承諾を得ることは容易であったこと、國場幸昇は、本件各契約を締結するにつき、取締役会に諮らず内密に行う意図を有していなかったことからすれば、被告は、原告の取締役会の決議を経ていないことを知らなかったことにつき過失はなかったと言うべきである。

3(一)  再抗弁1(二)の事実のうち、記載の判決がされたことは認め、その余は否認ないし争う。

(二)  まず、國場幸昇は、被告から借り入れた資金を琉球企画に貸し与えたが、当時はいわゆるバブル期で、琉球企画がゴルフ場の開発認可を受けることができると思っていたので、五年で返済を受けることが可能と考えていたこと、原告は琉球企画に対し、右金員を貸し付け、手数料として二〇〇〇万円を受け取ったほか、年0.5パーセントの割合による保証料を受け取る約定をしていることに照らすと、國場幸昇は、原告に損害を与えることを承知で本件抵当権設定契約をしたということはできない。

(三)  また、かりに、國場幸昇の右行為が権限濫用にあたるとしても、本件貸付けに際し、被告は、資金の使途について國場幸昇に尋ねておらず、また、前記2(二)の各事実によれば、被告は、それを知らなかったし、知らなかったことにつき過失はなかった。

4(一)  再抗弁2(一)の事実のうち、本件借入れについては原告の取締役会の決議が存在しないことは否認する。原告は、昭和六二年七月一〇日に開催された取締役会において、琉球企画に対する貸付けのため、沖縄海邦銀行松尾支店から金一五億円を借り入れるにつき、取締役全員が承諾しているのであるから(甲第三六号証の三四)、本件借入れにつき取締役会における承認があったといえる。

(二)  その余の事実は否認ないし争う。かりに、本件借入れにつき原告の取締役会の決議が存在しないとしても、前記再抗弁に対する認否2(二)記載の各事実によれば、被告は、右事実を知らなかったし、また、知らなかったことにつき過失はなかった。

5(一)  再抗弁2(二)の事実は否認ないし争う。前記再抗弁に対する認否3(二)記載の各事実によれば、本件借入れにあたって、國場幸昇に権限濫用はなかった。

(二)  また、かりに、國場幸昇の行為が権限濫用にあたるとしても、前記再抗弁に対する認否3(三)記載のように、被告は、それを知らなかったし、知らなかったことにつき過失はなかった。

七  再々抗弁

1  取締役会の事後的承諾(再抗弁1(一)、2(一)に対して)

(一) かりに、原告が本件借入れ及び抵当権設定につき取締役会の決議を経ていないとしても、原告の右各契約の締結は、追認により民法一一六条を類推適用して処分のときに遡ってその効力を生ずると解すべきところ、以下のとおり、原告は、事後に取締役会の承認を得ているから、本件借入れ及び抵当権設定契約は契約締結時に遡ってその効力を有する。

(二)(1) 原告は、平成元年九月一九日開催の取締役会(以下「本件取締役会」ともいう。)において、「第二四期(昭和六三年七月一日から平成元年六月三〇日まで)営業報告の件」につき、議長は配布済みの営業報告書により営業の概況を報告し、右二四期の貸借対照表、損益計算書及び当期未処分利益処分案につき、同営業報告書に基づき説明をし、質疑応答の後、全員の承認を得ている。

右営業報告書の「会社の概況」の項の「主要な借入先及び期末残高」欄には「大和抵当証券株式会社(被告の旧商号)二九億円」「明治生命保険相互会社九億九五〇〇万円」の記載があり、また、貸借対照表の貸方欄の固定負債合計中には「長期借入金三八億九五〇〇万円」(前記借入金の合計額)の記載がある。これらによれば、右取締役会において、原告の被告からの本件借入れについて事後的にこれを承認したことは明らかである。

(2) 右取締役会において、取締役又は監査役の誰かが、被告からの本件借入れについて質問したのに対し、当時の原告の代表取締役であり右取締役会の議長をしていた國場幸昇が、具体的に、二九億円を被告から借りていること及び原告所有の本件土地建物を抵当に入れたことを取締役らに説明し、「自分が責任を持つ。」と話したところ、出席取締役は、その件に関し、それ以上何も言わなかった。

また、通常、本件のような多額の金員を借り入れるに際し、無担保で貸付けを受けることはあり得ないので、この際に、抵当権の設定についても承認したと認めるのが相当である。

したがって、原告の本件抵当権設定については、右取締役会において事後的に明示又は黙示の承認がなされたものと解するのが相当である。

2  株主総会の事後的承諾(再抗弁1(一)、2(一)に対して)

(一) かりに、原告が本件借入れ及び抵当権設定につき取締役会の決議を経ていないとしても、原告は、平成元年九月二五日開催の株主総会(以下「本件株主総会」という。)においてこれを追認した。

(二) すなわち、原告は、本件株主総会において第二四期営業報告書を提出したところ、本件借入れにつき株主から質問があったが、当時の原告の代表取締役であった國場幸昇が「自分が責任を持つ。」と言ったので、何ら異議を述べる者もなく、営業報告書に基づく貸借対照表は承認された。

また、抵当権設定についても、通常、本件のような多額の金員を借り入れるに際し、無担保で貸付けを受けることはあり得ないので、この際に、抵当権の設定についても承認したと認めるのが相当である。

(三) したがって、本件借入れ及び抵当権設定については、株主総会において追認されたと認められるから、これらは契約締結時に遡って効力を有するというべきである。

八  再々抗弁に対する認否及び原告の主張

1  再々抗弁1(取締役会の事後的承諾)に対して

(一) 本件借入れに対する取締役会の事後的承諾について

(1) 抗弁1の事実のうち、平成元年九月一九日に取締役会が開催されたこと、営業報告書により営業の概況が報告されたこと、営業報告書の「会社の概況」の項の「主要な借入先及び期末残高」の欄には「大和抵当証券株式会社(被告の旧商号)二九億円」、「明治生命保険相互会社九億九五〇〇万円」の記載があること、固定負債合計中に長期借入金三八億九五〇〇万円の記載があることは認め、その余は否認ないし争う。

(2) まず、商法は、取締役会の追認決議なるものはそもそも予定していないと解すべきである。

すなわち、商法二六〇条二項は、業務執行機関である代表取締役と業務執行の意思決定機関である取締役会の機能を明確に区別した関係上、執行機関である代表取締役は、一定の重要事項については必ず事前に意思決定機関である取締役会の決議を得て業務執行すべきであることを明定しており、この規定よりする限り、そもそも、取締役会の決議を得ずして業務執行をした代表取締役の違法な行為につき、事後的に取締役会の決議による行為をしたとみなす追認決議なるものは全く予期していない手続となる。

(3) また、商法二六六条は、取締役の会社に対する責任につき、個別具体的に列挙し、その責任を明確にしている。これは、昭和二五年改正前の商法にあっては、責任を連帯したところにのみ厳格性があったのを、一般的責任規定(民法六四四条、商法二五四条の三)に加え、取締役の責任を個別的に列挙して取締役の責任を明確化し、さらに、そのうちのあるものを絶対的責任として取締役の会社に対する責任を厳格化したものである。

しかも、同条二項及び三項は、当該決議に賛成した者のみならず、賛成したと推認される者についても、厳格な責任を課す旨定めている。これは、個別具体的な決議につき具体的に関与した取締役につき取締役の監視義務違反として厳格な責任を課すこととしたものである。

したがって、このような同条の厳格な規定の趣旨よりする限り、仮に、代表取締役の行為に対する追認決議なるものが商法上適法な決議として認められるとしても、かかる決議が認められる要件としては、当該行為を明示し、かつ、その行為につき承認するか否かにつき明確な議題とするものでなければならない。なぜなら、明確な議題なしに追認したものとみなされるとするならば、当該行為とは全く無関係な取締役についてまで、商法二六六条に定める厳格な責任を課すことになり、同条の趣旨に違背することになるからである。

本件についてみると、本件取締役会に上程された議案は、定時株主総会開催の件、第二四期営業報告書の件、第一号議案第二四期貸借対照表、計算書及び当期未処分利益処分案承認の件であって、國場幸昇が取締役会の決議を経ずして違法な借入れ及び抵当権設定をしたことを事後的に承認する件は議題となっていない。

右取締役会において上程された決算報告書類中に被告からの借入金が記載されているが、それに対する承認決議は、単に、会社の一年間の営業状況及び計算書類の内容を明示した書類を承認し、株主総会に上程するための手続的決議にすぎず、國場幸昇の違法な借入れにつきその手続的な瑕疵を治癒するものではない。

したがって株主総会における報告案件にすぎない決算報告書類中にその旨が記載されており、それに対する承認決議があったことの一事のみで、國場幸昇がした本件借入れ及び抵当権設定を追認したとみなし、出席取締役全員に責任を課すこととなれば、同条の厳格責任規定それ自体が不合理かつ過酷な規定と解さざるを得ないことになる(営業報告書は、あくまで報告書であり、その提出を受けた取締役会の承認は、当該報告の内容が真実に合致しているかどうかを判断するに止まるものであり、そこに記載された内容の原因となった取締役の法律行為を法律的に追認する意味を持つものではない。)。

したがって、本件において、追認決議ありとするためには、國場幸昇自身が自らの違法な借入れ及び抵当権設定を具体的に明示し、その借入時期、借入目的、弁済可能性、担保設定の有無等を明示した上で、決議事項として議題に取り上げ、それについて質疑討論し、全く新たな決議を得なければならないが、本件においてかかる決議が全く行われていないことは明白であり、このような本件取締役会の状況では、到底、本件借入れについて事後的な承諾があったとはいえない(なお、本件取締役会において、他の取締役が沈黙していたとしても、黙示の承認決議があった評価することはできない。)。

(二) 本件抵当権設定に対する取締役会の事後的承諾について

(1) 商法二六〇条二項は、「重要ナル財産ノ処分」、「多額ノ借財」のいずれについても、個別に、取締役会の決議を要するとしているから、「多額ノ借財」の承認決議をもって、「重要ナル財産ノ処分」の承認決議を含んでいると解することはできない。

(2) また、本件取締役会においては、本件土地建物に抵当権が設定されたことの報告さえなく、それを追認するかどうかに関して何ら議題となることがなかった。このような状況のもとで、右追認決議がされるはずがない。

(三) 以上のように、原告において、國場幸昇がした本件借入れ及び本件抵当権設定について、いずれも取締役会で承認したことはないから、被告の追認の主張はいずれも理由がない。

2  再々抗弁2(株主総会の事後的承諾)に対して

(一) 本件借入れに対する株主総会の事後的承諾について

(1) 商法二三〇条の一〇は、「総会ハ本法又ハ定款ニ定ムル事項ニ限リ決議ヲ為スコトヲ得」と定めており、取締役の違法行為につき事後承認決議をすることについては一切の定めはないから、被告の主張は主張自体失当である。

(2) かりに、右の点は置くとしても、原告が本件株主総会において第二四期営業報告書を提出したことは認めるが、営業報告書は、あくまで報告書であり、その提出を受けた株主総会の承認は、当該報告の内容が真実に合致しているかどうかを判断するに止まるものであり、そこに記載された内容の原因となった取締役の法律行為を法律的に追認する意味を持つものではない。

また、株主総会の決議は、本来、決議事項を議題として取り上げ、それについて質疑討論し、決を採るのが通常であるが、本件借入れについては、株主総会の議題として取り上げてその法律効果を原告に確定的に帰属させるためにこれを承認するか否かの決議は全く行われていない。すなわち、本件株主総会において、國場幸昇は、その借入時期、借入目的、弁済計画、担保設定の有無等、その承認決議を得るために通常議論されるべき事項を何ら報告していない。

そして、商法二六六条五項は取締役に発生した損害賠償等の責任につき、免除をなし得るのは唯一株主総会のみとし、かつ、その決議要件として株主全員の決議によるとしている。したがって、追認決議という過半数の決議でもって取締役の責任を免除し得るとすると、右二六六条五項の規定は全く無意味となってしまう。

以上によれば、被告の前記主張は、國場幸昇の違法行為を明示し、その免責を求める旨の議案が株主総会に提出され、かつ、全株主の同意が得られたという主張でなければ、法的には全く無意味な主張と評されるべきである。

(二) 本件抵当権設定に対する株主総会の事後的承諾について

本件株主総会においては、本件土地建物に抵当権が設定されたことの報告さえなく、それを追認するかどうかに関して何ら議題となることがなかった。このような状況のもとで、右追認決議がされるはずがない。

(三) 以上のように、原告において、國場幸昇がした本件借入れ及び本件抵当権設定について、いずれも株主総会で承認したことはないから、被告の追認の主張はいずれも理由がない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1ないし3並びに抗弁1及び2の各事実は当事者間に争いがない。

二1  再抗弁1(一)の事実のうち、本件土地建物を第三者に担保として供する行為が商法二六〇条二項一号の「重要ナル財産ノ処分及ビ譲渡」に該当することは当事者間に争いがない。

2  また、甲第一六号証、証人泉彰、同富原盛勇の証言によれば、右担保提供につき原告の取締役会の承認決議を経ていないことが認められる。

なお、この点につき、被告は、昭和六二年七月一〇日に開催された取締役会において、琉球企画に対する貸付けのため、沖縄海邦銀行松尾支店から金一五億円を借り入れるにつき、取締役全員が承諾していることから(甲第三六号証の三四)、取締役会における承認があったと主張する。

しかしながら、証人國場幸昇の証言によれば、この決議は、國場幸昇の父であり國場組の元代表取締役であった國場幸太郎から押印を受けた議事録に対し、他の取締役に順に押印させたいわゆる書面による持回り決議であることが認められ、このような決議は、取締役会では各取締役が意見を述べ議論をして公正妥当な結論を得るべきであることから、その有効性自体問題であり(最高裁判所第一小法廷昭和四四年一一月二七日判決・民集二三巻一一号二三〇一頁)、かりに、この点はさておくとしても、右承認決議をしたのは、本件借入れの約三年も前であり、かつ、右承認した内容と本件借入れとでは、借入先、借入金額等を異にしているのであるから、かりに右承認決議が有効であるとしても、それをもって本件借入れについて承認決議をしていると認めることはできない。

3(一) このように、商法二六〇条二項に違反して取締役会の決議を経ないでされた代表取締役の行為の効力については、法が取締役会の決議を必要とすることで守ろうとした会社の利益の保護と行為が代表者によってされたことを信頼した第三者の利益の保護(取引の安全の確保)とを比較考量して具体的に決すべきであるところ、本件のように、それが、対外的な取引行為であって、かつ、個別的ないし個々的な取引行為である場合は、原則として有効であるが、相手方が取締役会の決議の経ていないことを知り又は知り得べかりしときは無効と解するのが相当である(最高裁判所第三小法廷昭和四〇年九月二二日判決・民集一九巻六号一六五六頁参照)。

(二)  そこで、本件において、本件抵当権設定につき原告の取締役会の決議が存しないことを被告が知っていたか、あるいは、それを知り得べきであったか否かについて検討するに、成立に争いのない甲第一二、第二二、第三〇号証、乙第一、第二号証、第三号証の一及び二、原本の存在及び成立につき争いのない甲第九、第一〇、第一四、第一五、第一六、第一八、第一九号証、証人向井長司、同泉彰、同國場幸昇、同山田耕二、同谷村誠太郎、同仲村巌の各証言によれば、本件借入れに至る経緯について、以下の事実が認められる(なお、この認定に反する証人山田耕二及び同谷村誠太郎の証言部分は、他の証人の証言に反するばかりか、合計金二九億円もの多額の融資をするに際し、その使途を一切聞かなかったとするなど不自然な点もあり、採用できない。)。

(1) 國場幸昇は、昭和六三年四月ころから、大浦観光開発株式会社名義で仮称「大浦カントリークラブ」開発計画の事業に着手していたが、同社が開発したゴルフ場を売却する主体として、同年六月に琉球企画を設立し、その代表取締役として、同年八月一一日、株式会社朋友建設との間で、大浦カントリークラブ事業計画全体を沖縄県名護市幸喜所在のリゾートホテル事業計画全体と合わせて金二六億八九〇〇万円で売却する契約を締結した。

(2) 國場幸昇は、右契約を履行するため、開発予定地の取得費用等の資金の必要があったことから、昭和六三年一一月初めころ、琉球企画の取締役であった河野健二こと諸葛清煥(以下「河野」という。)に対し、琉球企画に対し金一〇億円程度を融資してくれるところを探すように指示した。

(3) 河野は、大阪所在の大峰産業株式会社の小西理雄などを介入して、当時被告の融資第二部長であった山田の紹介を受け、これを國場幸昇に紹介した。

(4) 山田は、当時被告の業務開発部次長であった谷村と共に、國場幸昇らと会い、沖縄県の建設業界の大手であった國場組に対して融資する旨申し入れた。

(5) しかし、國場幸昇は、國場組の主要な取引銀行を刺激することになるとしてこれを断り、琉球企画に対して融資するよう希望した。

(6) そして、琉球企画の専務であった向井長司(以下「向井」という。)は、山田らに対し、琉球企画の担当責任者として、大浦ゴルフ場等の書類を示して事業計画の説明をし、河野及び國場幸昇も、その補足説明をして、融資を申し入れた(なお、右融資に関する交渉は、合計四回程度された。)。

(7) 山田らは、國場幸昇に対し、大浦ゴルフ場等の開発予定地は、地目が原野であり、また、ゴルフ場開発の許認可がまだおりていないことなどから、これを担保に取ることができないとして、他の物件に担保を設定するように申し入れた。

(8) このような経緯から、國場幸昇は、琉球企画には担保となりうる不動産がなかったので、自己が代表取締役をしていた原告が所有する本件土地建物を担保として原告名義で借り入れ、これを無担保で琉球企画に融資しようとし、山田らにその旨申し入れたところ、山田らはこれを了承した。

(9) そして、昭和六三年一一月二一日、向井、河野、原告の総務部長であった泉ら同席のもと、原告と被告は、金二〇億円の消費貸借及び本件土地建物に対する抵当権設定契約を締結した。

この際、山田らは、多額の金銭を貸し付け、あるいは貸付先の企業から担保を取得するに際しては、当該企業の取締役会の承認決議が必要であることは知っていたが、國場幸昇に対し、原告の取締役会で決議をしたか否かを確認せず、また、右決議を証する書面の提出を求めたりしなかった。

また、谷村は、この際に、原告について調査しており、原告の第二三期(昭和六二年七月一日から昭和六三年六月三〇日)の売上高が金二億二六七六万二七八四円、経常利益が金二九四万六三三四円にすぎないことを知っていた。

(10) つぎに、平成元年四月ころ、山田は、向井らを介し、國場幸昇に対して、本件土地建物に抵当権者を沖縄総合リースとする先順位の抵当権が金四億円設定されてあるので、それを抹消して欲しいとの申し入れをした。

(11) 國場幸昇は、これを了承し、原告と被告は、平成元年五月一日、向井、河野、泉ら同席のもと、金九億円の消費貸借及び本件土地建物に対する抵当権設定契約を締結した。

(三) 以上の認定事実によれば、被告は、本件抵当権設定につき、原告の取締役会の決議の有無について、取締役会議事録を徴求していないばかりか、同席していた泉に対してその確認さえしていないことからすれば、少なくとも、それが存しないことを知り得べきであったというべきである。

被告は、山田らは、当時の原告の代表取締役であった國場幸昇が沖縄県内の建設業界の最大手である國場組の代表取締役を兼任しており、那覇商工会議所の会頭でもあったことから、必要な手続は当然していると思っていたこと、被告においては貸付けをするにあたり従前から貸付先から取締役会議事録を徴求していないことなどを山田らが取締役会の承認を得ていたか否かを確認しなかったことの理由としているが、これが理由にならないことは明らかである。

この点、谷村自身、「昭和六三年当時はバブルで融資をどんどん増やす傾向であった。建前は審査を厳しくしなければならないが、現実にはそれに反して緩くしていた。現在は、当時と違って、二重、三重の厳重なチェックをしている。」旨証言しており、本件においては注意義務を尽くさなかったことを認めている。

三  再々抗弁1(取締役会の事後的承諾)について

1  被告は、原告では、平成元年九月一九日開催の本件取締役会において、第二四期営業報告書等が提出され、これに関する事項につき承認がされているから、原告は、本件借入れ及び抵当権設定を追認した旨主張する。

2  甲第一六、第一七、第三六号証の一五、乙第四号証の一、二、証人仲村巌、同外間盛一の各証言、原告代表者國場幸昇の尋問の結果によれば、本件取締役会の状況及びそれに至る経緯は以下のとおりであったことが認められる。

(一)  原告の監査役であった仲村巌(以下「仲村」という。)は、泉から、本件借入れについて聞き、「これはおかしい。これでは会社はもたない。」旨言ったところ、泉は、「すでに銀行に送金されている。國場幸昇から計上する旨言われている。」と言った。

(二)  そこで、仲村は、國場幸昇と会い、「このお金はどうしたのか。どこに使うのか。」などと本件借入れについて確認したところ、國場幸昇は、「これは全部責任を持つ。現在琉球企画が開発しているゴルフ場を売却して返済する。不審に思うなら、向井や河野に聞いてくれ。」などと言った。

仲村は、國場幸昇が國場組の代表取締役になって間もないことから、適正意見を書かないと國場幸昇の足を引っ張ることになると考え、右第二四期営業報告書を適正とする監査報告書を作成した。

(三)  原告は、平成元年九月一九日に、本件取締役会を開催した。その際、第二四期営業報告書等が提出され承認された。

右営業報告書の「主要な借入先」欄には、借入先を被告、期末残高金二九億円と記載されていた。

(四)  右取締役会には、当時の取締役のうち、國場幸昇のほか、國場幸仁、國場幸吉、外間盛一、大城堅次、渡口武彦及び山田英夫が出席し、國場幸昌及び泉彰は欠席した。また、当時の監査役仲村及び同國場幸治はいずれも出席しなかった。

その際、どの取締役からも、本件借入に関する質問は出されなかった。また、國場幸昇は、本件借入れについて、追認して欲しい旨言っていない。

3(一)  まず、原告は、商法二六〇条二項は、業務執行機関である代表取締役と業務執行の意思決定機関である取締役会の機能を明確に区別した関係上、執行機関である代表取締役は、一定の重要事項については必ず事前に意思決定機関である取締役会の決議を得て業務執行すべきであることを明定していることから、そもそも、商法は、取締役会の決議を経ないでされた代表取締役の業務執行に対する取締役会の追認決議なるものをそもそも予定していないと解すべきである旨主張する。

(二)  しかしながら、民法上も、代理人による無権代理行為に対して本人が追認することは認められていること(民法一一六条)、実質的にみても、取締役会決議を経ないで代表取締役が行った行為であっても、事後的に判断してそれが会社にとって利益となるものがないではなく、それを追認することは、何ら会社にとって不利益とならないことからすれば、取締役会決議を経ないで代表取締役が行った行為を取締役会が追認する旨の決議をすることを一律に否定することはできないというべきであり(大審院大正八年四月二一日判決・民録二五輯六二四頁参照)、原告の右主張は採用しえない。

4(一)  そこで、つぎに、本件取締役会において、國場幸昇がした本件借入れ及び抵当権設定につき追認決議をしたか否かについて検討する。

(二)  この点につき、被告は、原告では、本件取締役会において、第二四期営業報告書等が提出され、これに関する事項につき承認がされていることから、原告は、本件借入れ及び抵当権設定を追認した旨主張しているところ、原告も、本件取締役会において、第二四期営業報告書等が提出され(その「会社の概況」の項の「主要な借入先及び期末残高」の欄には「大和抵当証券株式会社(被告の旧商号)二九億円」の記載がある。)、これが承認されたことは認めているから、この承認によって國場幸昇がした本件借入れ及び抵当権設定について追認決議があったと認められるか否かが問題となる。

(三)  そもそも、取締役会では、公正妥当な結論を得るため、各取締役が意見を述べ、議論を尽くすことが予定されていることからするならば、取締役会の決議は、本来、決議事項を議題として取り上げ、それについて質疑討論し、採決されるべきものである。

特に、本件借入れ及び抵当権設定の追認のように、本来無効なものを有効とする効力を有する追認を内容とする決議の場合は、これを議題として取り上げ、その法律効果を確定的に帰属させてよいかどうかを慎重に議論し、明示的にそれを承認する決議がされて初めて追認があったものとするのが相当である〔とりわけ、本件のように、代表取締役の法令違反行為を追認するものである場合には、商法が、代表取締役の法令違反行為が取締役会の決議に基づいてされた場合には、それによって会社が受けた損害につき、代表取締役のみならず、その決議に賛成した取締役及び決議に参加してそれに異議を止めなかった取締役に対しても、同じく会社に対する賠償の責任を負わせていることからするならば(商法二六六条二項、三項)、当該行為が明示され、かつ、それを承認するか否かにつき明確な議題とされていなければ、当該行為とは全く無関係な取締役についてまで前記の責任を課すことになってしまうことになるから、右要件の具備は必要不可欠である。〕。

しかるに、本件の場合、前記認定のように、本件取締役会においては、単に、本件借入れについて記載された第二四期営業報告書等が提出されただけであり(なお、営業報告書は、あくまで、一定の営業年度における会社の営業状態の概要を内容とする報告書であり、したがって、その提出を受けた取締役会がこれを承認したとしても、その承認は、そこに記載された内容の原因となった取締役の法律行為を法律的に追認する効力まで有するものではないというべきである。)、本件借入れ及び抵当権設定について、これを議題として取り上げ、その借入時期、借入目的、弁済計画、利率、担保設定の有無等、決議をするにあたり議論されるべき事項が具体的に明示され、その是非について質疑討論されるなどの決議のために必要な手続は一切されていない(なお、本件取締役会において、他の取締役が沈黙していたとしても、黙示の承認決議があった評価することはできない。)。

このような本件取締役会の状況のもとでは、本件取締役会において上程された営業報告書中に被告からの借入金が記載され、それにつき承認があったとしても、株主総会における報告案件にすぎない決算報告書類中にその旨が記載されていたとの一事をもって、國場幸昇がした本件借入れ及び抵当権設定について原告の取締役会の追認があったと認めることはできないというべきである。

5(一)  なお、かりに、本件取締役会において國場幸昇の本件借入れについて追認があったと認められるとしても、前記認定のように、本件取締役会においては、本件土地建物に抵当権が設定されたことについては、その旨の報告は一切なく、それを追認するかどうかに関して何ら議題とされることがなかったのであるから、この観点からみても、本件抵当権設定について原告の取締役会の追認があったということはできないことは明らかである。

(二)  この点につき、被告は、通常、本件のような多額の金員を借り入れるに際し、無担保で貸付けを受けることはあり得ないので、抵当権の設定についても合わせて承認されたと認めるのが相当であるとする。

しかしながら、そもそも、本件借入れにつき原告の取締役会の承認があったということはできないことは前記したとおりであり、仮にこれが認められるとしても、商法二六〇条二項は、「重要ナル財産ノ処分」、「多額ノ借財」のいずれについても、個別に、取締役会の決議を要するとしていることからすれば、「多額ノ借財」の承認決議をもって、「重要ナル財産ノ処分」の承認決議を含んでいると解することはできないことは明らかである。

6  以上のように、原告において、國場幸昇がした本件借入れ及び本件抵当権設定について、いずれも取締役会で承認したことはないから、被告の取締役会の事後的承諾があったとの主張はいずれも理由がない。

四  再々抗弁2(株主総会の事後的承諾)について

1  被告は、原告は、平成元年九月二五日開催の本件株主総会において、第二四期営業報告書が提出され、これに関する事項につき承認がされているから、原告は、本件借入れ及び抵当権設定を追認した旨主張する。

2  しかしながら、そもそも、商法上、「重要ナル財産ノ処分」、「多額ノ借財」は、いずれも、取締役会の専決事項とされている(同法二六〇条一項)。

これは、所有と経営が分離した株式会社においては、その所有者は、多数の個性のない株主であって、自ら会社の経営に当たる意思も能力も有しないことから、株主自身は、会社の基本的事項、すなわち、法又は定款の定める事項に限って、株主総会において決議することによってのみ、会社の経営に関与すべきものであって(商法二三〇条の一〇)、会社の業務執行については、その意思決定も、また、具体的な執行行為も、もっぱら、会社経営の専門家である取締役(取締役会及び代表取締役)に委ねるべきであるとしたことによる。

したがって、代表取締役が取締役会の決議を経ないでした行為に対する追認は、これを株主総会の権限事項とする旨定款で定められていない限り(本件においてこの事実の主張立証はされていない。)、本来、取締役会がなすものであって、株主総会の決議をもってなしうべきものではないから、かりに、株主総会において右行為につき追認の決議がされたとしても(当該株主総会に全株主が出席し、その全員の同意があったときは別として)、これによって代表取締役の右行為につき適式の追認があったとしてこれを有効と認めることはできないといわなければならない。

3  なお、かりに、右の点はさておくとしても、本来無効なものを有効とする追認を内容とする決議の場合は、これを議題として取り上げ、その法律効果を確定的に帰属させてよいかどうかを慎重に議論し、明示的にそれを承認する決議がされて初めて追認があったものとするのが相当であるところ、本件の場合、単に、本件借入れについて記載された第二四期営業報告書等が提出されただけであり、本件借入れ及び抵当権設定について、これを議題として取り上げ、その借入時期、借入目的、弁済計画、利率、担保設定の有無等、決議をするにあたり議論されるべき事項が具体的に明示され、その是非について質疑討論されるなどの決議のために必要な手続は一切されておらず(なお、本件株主総会において、出席株主が沈黙していたとしても、黙示の承認決議があった評価することはできないというべきである。)、このような本件株主総会の状況のもとでは、そこに上程された営業報告書中に被告からの借入金が記載され、それにつき承認があったとしても、國場幸昇がした本件借入れ及び抵当権設定について原告の株主総会の追認があったと認めることはできないこと、かりに、本件株主総会において國場幸昇の本件借入れについて追認があったと認められるとしても、前記認定のように、本件株主総会においては、本件土地建物に抵当権が設定されたことについては、その旨の報告は一切なく、それを追認するかどうかに関して何ら議題とされることがなかったことは明らかであるから、この観点からみても、本件抵当権設定について原告の株主総会の追認があったということはできないこと、この点につき、被告は、通常、本件のような多額の金員を借り入れるに際し、無担保で貸付けを受けることはあり得ないので、抵当権の設定についても合わせて承認されたと認めるのが相当であるとするが、借入れの承認決議をもって、抵当権の設定の承認決議があったと解することはできないことは、いずれも、前記3(四)(3)と述べたのと同様である。

4  以上、いずれにしても、國場幸昇がした本件借入れ及び本件抵当権設定について原告の株主総会の事後的承諾があったとの被告の主張は理由がない。

五  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官稲葉耶季 裁判官近藤昌昭 裁判官平塚浩司)

別紙物件目録〈省略〉

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